
天堂荒太さんの「悼む人」読了。
手に取るのは2度目。
最初は下巻の途中まで読んだところで
文庫本を紛失。
たしか飲みにいくときに電車で読んで
飲み屋かどこかに忘れてきた記憶。
その後買い直したけど読まず。
お袋が読んだあとに
廊下の本棚に収めてあるのを横目に見てました。
先週ふと上巻を手にして読み始めました。
けさ川に漕ぎに行くには早い時間に目が覚めたので
読みかけの下巻を読んで時間を潰そうと思ったら
入り込んでしまい一気読みしてしまいました。
ぼくは生き死にについて折々に考えます。
ライフセービングをやっているなかで
考えさせられることも少なくないのもあります。
海や川でパドリングするなかで
少なくない回数のピンチのあとに考えたり。
様々な死に際を想像して
どんな気持ちなんだろうと思いを馳せてみたり。
小説を読むのは
その一環かも知れません。
フィクションであろうと
そこには現実に繋がるものがあり
心を動かされています。
死に際まで聴覚は活きている
といいますね。
だとしたら
主人公の坂築静人の母親の巡子さんのように
最期まで聴いていたい。
もっと言えば
死に際に
自分が大切に思う人に居てほしい。
たくさんでなくて構わないから
できれば複数の人たちに。
そして語りかけてほしい。
できれば暖かい言葉を聴きながら
肉体の死を迎えたいものです。
さらに言えば
亡くなったあとも
その人たちに
覚えていてほしい。
その人たちが亡くなったときに
僕の死が完了するんじゃないか、と。
それまでは生きていたい。
大切な人の心の中で。
と強く思っています。
だから
大切な人のことは覚えています。
ときどき語りかけています。
覚えていればその人は生きている、と。
静人が悼む人になったきっかけに共感します。
とはいえ彼のように深く受け止めていない
浅い自分ではありますが。
悼んでもらいたい。
そのためにこれからどう暮らしていくか。
複雑な心境で
黙っているのがいたたまれなくて
思うまま書き留めました。
手に取るのは2度目。
最初は下巻の途中まで読んだところで
文庫本を紛失。
たしか飲みにいくときに電車で読んで
飲み屋かどこかに忘れてきた記憶。
その後買い直したけど読まず。
お袋が読んだあとに
廊下の本棚に収めてあるのを横目に見てました。
先週ふと上巻を手にして読み始めました。
けさ川に漕ぎに行くには早い時間に目が覚めたので
読みかけの下巻を読んで時間を潰そうと思ったら
入り込んでしまい一気読みしてしまいました。
ぼくは生き死にについて折々に考えます。
ライフセービングをやっているなかで
考えさせられることも少なくないのもあります。
海や川でパドリングするなかで
少なくない回数のピンチのあとに考えたり。
様々な死に際を想像して
どんな気持ちなんだろうと思いを馳せてみたり。
小説を読むのは
その一環かも知れません。
フィクションであろうと
そこには現実に繋がるものがあり
心を動かされています。
死に際まで聴覚は活きている
といいますね。
だとしたら
主人公の坂築静人の母親の巡子さんのように
最期まで聴いていたい。
もっと言えば
死に際に
自分が大切に思う人に居てほしい。
たくさんでなくて構わないから
できれば複数の人たちに。
そして語りかけてほしい。
できれば暖かい言葉を聴きながら
肉体の死を迎えたいものです。
さらに言えば
亡くなったあとも
その人たちに
覚えていてほしい。
その人たちが亡くなったときに
僕の死が完了するんじゃないか、と。
それまでは生きていたい。
大切な人の心の中で。
と強く思っています。
だから
大切な人のことは覚えています。
ときどき語りかけています。
覚えていればその人は生きている、と。
静人が悼む人になったきっかけに共感します。
とはいえ彼のように深く受け止めていない
浅い自分ではありますが。
悼んでもらいたい。
そのためにこれからどう暮らしていくか。
複雑な心境で
黙っているのがいたたまれなくて
思うまま書き留めました。